札幌地方裁判所 昭和57年(ワ)1013号 判決 1985年7月26日
原告 經堂慧
<ほか一名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 江本秀春
被告 日向寺忠二
<ほか二名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 斎藤祐三
主文
一 被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、二八七万二九一一円及びこれに対する昭和五六年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、一五六一万四五五八円及びこれに対する昭和五六年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言の申立
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言の申立
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
訴外經堂貴義(以下「貴義」という。)は、昭和五六年八月二日午前九時三〇分ころ、北海道静内郡静内町有勢内昆布浜海岸(以下「本件海岸」という。)において水遊び中溺死した(以下「本件事故」という。)。同人は、当時満一二歳(昭和四四年七月一日生)で、小学校六年生であった。
2 被告らの責任
(一) 被告らは、剣道を通じて少年の非行防止、健全育成を図ること等を目的として昭和四八年ころに結成された任意的な社会奉仕団体である札幌市白石少年剣道会(以下「白石少年剣道会」という。)において児童、生徒に対する剣道の指導に当たっていたいわゆるボランティア活動者であり、貴義は、本件事故当時白石少年剣道会の会員であった。
(二) 白石少年剣道会は、昭和五六年八月一日午前一〇時三〇分から翌二日午後八時ころまでの予定で、会員児童らに対する剣道指導の一環として北海道静内郡静内町に、同町の高静剣道会との交歓練成等を目的とする一泊二日の旅行会(以下「本件旅行会」という。)を実施し、右旅行会には、小学生二〇名、男子中学生一五名、男子高校生二名、会員の父親二名、母親一一名が同行し、被告らがその引率を担当した。
(三) 本件事故は、本件旅行会の行事の一環である磯遊びの際に発生したものであるところ、本件海岸は潮の引きが強いため遊泳禁止場所となっていたのであるから、引率者である被告らには、児童らに磯遊びをさせるに当たっては、遊泳等の危険な行動に出ることのないよう指導監督し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があった。
しかるに、被告らは、潮の流れや海底の深度を十分に調査せず、かつ、児童らに対し、注意事項の伝達を徹底させることなく安易に遊泳等を許可したうえ、充分な監視を怠って貴義を死亡するに至らせた。
(四) よって、被告らは、民法七〇九条、七一九条に基づき、本件事故によって生じた後記の損害を賠償すべき責任がある。
3 損害
(一) 貴義の逸失利益
貴義は、昭和四四年七月一日生まれの本件事故当時満一二歳の男子であったから、本件事故がなかったとすると満一八歳から満六七歳までの四九年間は稼働可能であり、右の期間を通じ、少くとも昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の年間平均給与額三一三万一六〇〇円に相当する収入を得ることができたものというべきであるから、右の期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきライプニッツ式年利複式計算法を採用して死亡時における逸失利益を算出すると、二一二二万九一一六円となる。
3,131,600円×0.5×13.558=21,229,116円(円未満切捨て)
(二) 慰謝料
貴義が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰謝すべき額としては、一〇〇〇万円が相当である。
(三) 原告らは、貴義の父母として、貴義の死亡により、右(一)及び(二)の合計三一二二万九一一六円の二分の一に当たる五六一万四五五八円ずつを相続した。
4 よって、原告らは、本件事故による損害賠償として、それぞれ、被告ら各自に対し、一五六一万四五五八円及びこれに対する本件事故の発生日の翌日である昭和五六年八月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告らの反論
1 1の事実は認める。
2 2の(一)の事実は認める。2の(二)のうち、被告らが本件旅行会の引率を担当したことは否認し、その余の事実は認める。被告らは、白石少年剣道会の事実上の指導者として本件旅行会に同行していたものであって、引率を担当したものではない。特に、被告高橋及び同千葉は、同被告らの子が本件旅行会に参加したために、その父兄として同行していたものである。2の(三)のうち、本件事故が本件旅行会の行事の一環である磯遊びの際に発生したこと及び本件海岸が本件事故当時遊泳禁止区域であったことは認め、その余の事実はいずれも否認する。本件海岸は、昆布採取場所が多く、漁船の往来も頻繁なことから遊泳禁止区域とされていたのであって、砂浜や波打ち際での水遊びをする程度なら何らの危険もない場所である。被告らは、本件海岸において、海の深さを調べたうえ、波打ち際から約一五メートルの範囲を磯遊びの場所と定め、会員児童らに対し、右の範囲を越えて沖の方へ行ってはならないこと、右の範囲内においても泳いではならないこと等を厳重に注意した。本件事故当時、被告高橋及び同千葉は海に入って会員児童らを監視していた。貴義は、同被告らの監視の目をかいくぐり、右の範囲を越えて沖に向かったのであり、かつ中学二年生の会員から、引き返すよう注意されたにもかかわらず、これを無視して更に沖に向かって進んだのであるから、本件事故は、貴義の過失ある行為によって生じた自招の事故というべきである。
3 3のうち、貴義が本件事故当時満一二歳の男子であったこと及び原告らが貴義の父母であることは認め、その余はいずれも争う。
4 被告らには、本件事故につき、不法行為責任はない。その理由は、次のとおりである。
(一) 白石少年剣道会は、請求原因2の(一)記載のとおり昭和四八年ころ、剣道を通じて少年の非行防止、健全育成を図ること等を目的として結成された任意的な社会奉仕団体であり、昭和五六年当時、小学生、中学生、高校生七〇名を含む合計約八〇名の会員が存在し、これらの会員が納入する入会金二〇〇〇円と月額五〇〇円の会費によって運営されていた。被告らは、日本剣道連盟の有段者で、年長者であったことから、好意的に無報酬でいわゆるボランティア活動として会員児童らに対して事実上剣道の指導をしていた者である。
(二) 被告らは、本件旅行会に際しても、剣道会の事実上の指導者、単なる同行者として、参加者に対し事実上の指導監督を任意に行っていたもので、被告らには法的に問擬されるような何らの注意義務も生じない。
(三) 仮に被告らに過失責任を問う余地があるとしても、ボランティア活動中に発生した事故については、それは、故意にも匹敵する重大な注意義務違反があったときに限られるとする事実たる慣習が存するところ、被告らには、本件事故発生につき重大な注意義務違反はない。
三 抗弁
1 仮に被告らに本件事故についての過失責任が認められるとしても、貴義は、本件事故当時満一二歳であって、被告らによる注意の内容を弁識する能力及びそれに基づいて行動する能力を有していたにもかかわらず、二の2記載のとおり、被告らによる事前の注意及び中学生会員による注意を無視して予め指定された水域を越えて沖へ向かって行った重大な過失があり、他面原告らは、事前に貴義の監護義務者として本件旅行会への同行を求められていたにもかかわらず、同行することなく貴義を本件旅行会に参加させ、原告らは、貴義の監督を訴外白井千鶴子(以下「訴外白井」という。)に依頼したものの、訴外白井は、本件事故当時本件海岸に行かず、監督を怠った等の過失があり、これらの事実と二の4の(一)記載の事情等を考慮するならば、本件事故によって貴義に生じた損害につき被告らにおいて負担すべき責任の割合は、一割以下にすぎない。
2(一) 貴義は、昭和五六年五月二〇日にスポーツ安全協会傷害保険(以下「本件保険」という。)に加入した。
(二) 原告らは、本件事故の発生により、昭和五六年一〇月下旬に貴義の相続人として一二〇〇万円の保険金を受領した。
(三) 本件保険は、損害保険の一種と解すべきであるから、原告らにおいて被告ら各自に対して賠償を請求し得る額は、右の受領した保険金額分だけ減額されるべきである。
(四) 仮に本件保険が損害保険の性質を有しないとしても、被告らが受領した保険金は、本件事故によって原告らが享受した利得であり、しかも被告日向寺が代表者として加入手続を行ったことにより支払われたものである。したがって、原告らが受領した保険金相当額を控除することなく本件事故による損害の賠償を請求することは、権利濫用であり、信義則に違反する。
四 抗弁に対する認否
1 1のうち、原告らが、事前に本件旅行会への同行を求められていたにもかかわらずいずれも同行しなかったこと、訴外白井が本件事故当時本件海岸にいなかったこと(ただし、原告らが貴義の監督を訴外白井に依頼したとの点は否認する。)、貴義が本件事故当時満一二歳であったこと及び二の4の(一)の事実はいずれも認め、その余は争う。
2 2の(一)及び(二)は認め、(三)及び(四)は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、2の(一)、(二)の各事実(但し、被告らが本件旅行会の引率者であった事実を除く。)は当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》と前記争いのない事実を総合すると、次の各事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
1 白石少年剣道会は、札幌市白石区に居住する小・中学生を対象に剣道を指導することを通して少年の健全な育成をはかるため、昭和四八年四月ころ、被告日向寺と訴外熊谷時次郎が発足させた団体(当時の名称、白石本郷地区少年剣道同好会)で、被告日向寺は、北海道警察警察官としての職務のかたわら、指導員として小・中学生に対する剣道の指導に当たっていた者であり、被告高橋は昭和五三年五月から、同千葉は同年六月からいずれも指導員として剣道の指導に当たっていた者であって、被告日向寺は同会の理事長、被告高橋、同千葉は理事の職にあった。
2 白石少年剣道会は、会員たる小・中学生及びその父母が構成する父母会会員の拠出する入会金二〇〇〇円と月々の会費五〇〇円で運営資金をまかない、被告らを含む成人の剣道有段者が無報酬で週二回の練習指導を担当し、昭和五三年に日本体育連盟の下部組織である札幌市スポーツ少年団に加入した。なお、白石少年剣道会の運営は、毎年一月に開催される役員と父母との交礼会において一年間の計画の大要が決定され、そのより具体的な企画の立案と実行は、被告日向寺に一任されていた。
3 貴義は、昭和五三年ころ(小学校三年生のとき)に白石少年剣道会に入会し、原告經堂慧は同剣道会の父母会員となった。
4 被告日向寺は、昭和五六年一月、白石少年剣道会の役員及び父母会員との新年交礼会において、同年中に以前実施したことのある遠征試合を行いたい旨提案し、出席した役員及び父母会員の承認を得るとともに、遠征の具体的日程及び内容の企画・立案について一任された。
5 被告日向寺は、昭和五六年七月一一日及び同月二四日に開催された白石少年剣道会の役員及び父母会員との会合において、本件旅行会の計画を提案し、その内容として、第一日目は、交歓試合、第二日目は、海岸で磯遊びをさせる予定である旨の説明をし、出席した会員の承認を得、その席上で前回(昭和五二年七月)の静内町への旅行会のときに父母の同伴がなく、会員児童らに対する身の回りの世話や監督に著しく忙殺されたので、できる限り多くの父母が児童に同伴するよう要望したが、右会合において、旅行日程中の具体的な事故防止策は協議されなかった。なお、原告經堂慧は、右会合のうち七月一一日の会合に出席して、被告日向寺の説明と要望を聞いた。
6 被告日向寺は、右会合のころ、被告高橋及び同千葉に対し、本件旅行会に指導員として同行することを求め、被告高橋及び同千葉は、これを了承したが、その際、被告らの間で事故防止のための具体的方法や役割分担について打ち合わすことはしなかった。
7 被告日向寺は、本件旅行会の参加者が確定した昭和五六年七月末ころ、本件旅行会に参加する会員児童らを中学生の班長・副班長各一名及び三名の小学生から成る班別に編成し、貴義を含む児童らに班長をいずれも中学生とする班編成表を渡すとともに、旅行日程中は班中心の行動をとるよう注意を与えた。しかし、被告日向寺は、各班の班長に対し、旅行日程中の事故防止のための具体的注意事項や班を構成する小学生に対する監視方法等についての指示・説明はしなかった。
8 昭和五六年八月一日午前一〇時三〇分ころ、会員児童(高校生を含む)三七名、父母会員一三名(父親二名、母親一一名)及び被告日向寺は、バスとライトバンに分乗して静内町へ向かい、被告高橋及び同千葉は、仕事の都合で同日午後三時三〇分ころ、乗用車で静内町へ向かい、一行は、第一日目の日程である高静剣道会との交歓試合を終えた。なお、本件旅行会には、貴義のほか原告ら夫婦の長女喜栄(当時一〇歳)も参加したが、原告ら夫婦は同行せず(同事実は当事者間に争いがない。)、また、本件旅行会に同行した父母らの中には、貴義と喜栄に対する監督を原告らに代わって行うことを原告らから依頼された者はいなかった(この点につき、被告らは、原告らが訴外白井に対し貴義の監護を依頼したと主張するが、《証拠省略》によれば、訴外白井は、貴義に投与すべき咳止めの薬について依頼されたにすぎず、それ以上に原告らに代わって貴義の身辺を監護すべきことまで依頼されていたと認めることはできず、他に被告らの右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。)。
9 昭和五六年八月二日午前七時ころ、白石少年剣道会の一行は、被告日向寺の知人である静内町字浦和の訴外酒折哲作方前の通称有勢内昆布浜海岸に到着し、同人宅で更衣を済ませ海岸へ出て会員児童らに磯遊びをさせたが、当時訴外酒折方前の海岸は水揚げされた昆布が大量に干されており、海岸近辺には多数の昆布漁船が往来し、船と会員児童らとの接触事故のおそれがあったことから、被告日向寺は、訴外酒折の勧告で、昆布漁が終わるまで一時的に磯遊びの場所を移動させることにし、訴外酒折方前の海岸から東へ約三〇〇メートルの地点にある訴外早川幸一方前の海岸に一行を移動させた。その際、同行した父母のうち母親らは昼食の準備をするため訴外酒折宅に残り、父親の訴外出井一市、同名和高治が被告らと共に移動したが、移動した場所では、一般者数百名がキャンプ等を張り、数十人の大人、子供が磯遊び、また遊泳をしていた。
10 有勢内昆布浜一帯の海岸は、急深部が多く、遠浅の場所が少ないこと及び干潮時の引潮が強いことから遊泳禁止区域とされていたところ、被告日向寺はそのことを認識していたが、磯遊びを目的としていたためその事実を他の被告らに告げることをせず、被告千葉は遊泳禁止区域であることについては立札を読んで認識していたものの、その理由について明確な認識はなく、また、被告高橋は、遊泳禁止区域であることの認識すらなかった(《証拠判断省略》)。
訴外早川方前の海岸に到着した後、訴外出井一市らが海中に入って水深を計測し、会員児童らに対して磯遊びの範囲として波打際から沖合一五メートル位を指示し、被告日向寺も会員児童らを集合させて前記訴外出井が指示した範囲を越えて沖に出ることのないよう注意を与えたが、右指示及び注意は、会員児童全員に明確に行きわたるまでには至らなかった。
11 会員児童らは、同所で午前八時三〇分ころから磯遊びをはじめ、被告ら及び訴外出井一市は、海の中に入り、訴外名和高治は付近のテトラポットに上るなどして児童らの行動を監督していたが、それは予め協議・分担していたものではなく、それぞれが各自の判断でしていたものにすぎず、相互に連絡を取り合いながら監督をするというものではなかった。
12 その後、会員児童らのうち四名が釣りをするために訴外酒折方前海岸の方へ行ったので、被告日向寺は、同人らを監督するため同人らに同行したが、その旨を他の被告らに告げ、監督を委ねる等のことをしなかった。
13 当日の満潮は午前三時二九分、干潮は午前一〇時四三分で、会員児童らが磯遊びをしている間に、引き潮のため波打際は後退していき、磯遊びの範囲も不明確になった。
同日午前九時ころ、貴義を含む会員児童三名が当初指示されていた区域よりも沖の方に向かって行ったので、それを発見した会員の中学生が貴義らに対し危険であるから岸の方へ戻るよう指示したが、そのうち一人が右の指示に従って岸の方へ戻っただけで貴義ともう一人の児童はそのまま沖へ向かい、両名とも引き潮に足をとられて溺れ、本件事故に至った。なお、本件事故当時、被告日向寺は、前記のとおり本件事故現場の海岸から離れており、被告高橋らも、沖合に出る児童らがいなかったため、海岸に上る等し、監視の目をゆるめていた。
三 被告らの責任の有無
1 前判示の事実によれば、被告日向寺は、本件旅行会の計画・実行につき主導的に指導・引率をしていた者、また、被告高橋及び同千葉は、被告日向寺を補佐し、会員児童の引率をしていた者(被告高橋及び同千葉は、それぞれ自分の子が本件旅行会に参加していたことからその父親としての立場で同行したにすぎない旨主張するが、右被告らは、白石少年剣道会の指導員としての活動を従前から継続して行っていたこと、被告日向寺から同高橋及び同千葉に対する同行の依頼は、指導員としての同行を求める趣旨のものであったこと、本件旅行会の直前に会員に配布された班編成表には、被告らも父母会(後援担当)の一員としてではなく、指導員として記載されていたこと等に照らせば、被告らは共同して被告日向寺を補佐し、会員児童らを引率する立場にあったと認められる。)で、本件旅行会の日程中、会員児童らの事故を防止するため、会員児童らを指導・監督すべき条理上の注意義務があったものと解するのが相当である。
この点に関し、被告らは、被告らが無報酬のいわゆるボランティア活動の一環として事実上本件旅行会の引率に当たったにすぎないこと及びこのようなボランティア活動の社会的有益性を理由に、被告らに課される注意義務又は過失責任が軽減されるべきこと、更には注意義務又は過失責任が免除されるべきことを主張するが、被告らの活動が無報酬の社会的に有益ないわゆるボランティア活動であるということのみから当該活動の場で予想される危険についての予見及び結果回避に必要な注意義務が軽減又は免除されるべきであるとの結論を導くことはできず、また、本件全証拠によるも被告らが主張するような事実たる慣習が存するものと認めることもできないから、被告らの右主張は採用しない。
2 そして、本件旅行会のように、小学生を海岸で遊ばせる場合、引率者としては、児童が海で溺れることのないよう、海の深さ、海底の起伏、潮の流れの向き及び強弱等につき事前に十分な調査をし、その調査結果を踏まえて児童に対する注意と指導を徹底しておくこと及び児童が危険な行動に出ることのないよう常に監視と救助の体制を整えておくべき注意義務があるものというべきである。しかるに、前記二の6、7、9ないし13に判示の各事実を総合すると被告らは、この注意義務を十分に尽くさず、かつ被告らにおいてこの注意義務を十分に尽くしていれば本件事故を未然に防止し得たものと認めるのが相当であるから、被告らは、民法七〇九条、七一九条に基づき本件事故によって貴義に生じた損害を賠償すべき責任がある。
四 被告らにおいて賠償すべき責任の範囲
1 被告らは、剣道を通じて少年の健全育成を図るという教育的配慮から白石少年剣道会の運営に参加し、少年に対する指導に当たってきたものである。少年に対する教育は、第一次的には当該少年の親がその責任において施し、又はその方法を選択すべきものであるが、親は必ずしも子の教育に必要な資質や能力を十分に有するわけではなく、その不足を補うために、必要な資質と能力を有する者に親の施すべき教育の一部を委ねることもまた止むを得ないことである。しかし、その場合であっても、親は自らの判断で第三者に委ねたことによって、子に対する責任を免れ得るものではない。親としては、第三者に子に対する教育を委ねる場合、生起し得べき危険やその結果について思慮と判断を尽くし、その点についての第三者の資質・能力等につき検討する義務を子に対して負っているものと解すべきである。
そこで、本件につき検討するに、本件旅行会の第二日目の磯遊びの日程については、被告らが剣道の有段者であるということから、その際に生起し得る危険の防止を期待し得ないものであったこと、原告經堂慧は、本件旅行会に先立ってその日程の説明を受けるとともに親として同行することを要請されていたこと、本件旅行会を引率する被告ら及び同行した父母らは、学校教育の場における教師とは異なり、児童らに対する安全指導の能力や監督体制の整備等につき信頼すべき基盤もなかったこと、右のような事情があったにもかかわらず、原告らは、本件旅行会に同行すべきか否か、あるいは貴義を参加させるべきか否かを判断するための材料として必要と思われる被告らの監視体制等についての確認や検討をしていないこと、原告らに代わって貴義を常時個別に監督し得る者を同行させることなく、貴義と原告らのもう一人の子である喜栄を本件旅行会に参加させたこと、そして、仮に原告らが同行して貴義に対する個別かつ常時の監督をしていたならば本件事故を防止し得たであろうことに鑑みるならば、被告らが負担すべき貴義の損害額を算定するに際し、右諸事情を斟酌することが損害の公平な分担という不法行為法の理念に合致するものというべきである。
2 また、貴義は、本件事故当時満一二歳の小学校六年生であって、海における水泳や水遊びの危険性についての一応の理解と判断力を有していたにもかかわらず、同人が、予め指示されていた水域を越えたところで水遊びをしており、会員の中学生から岸の方へ引き返すよう指示を受けたにもかかわらず更に沖へ向かって進んだことは、被害者自身の過失というべきである。
3 以上1及び2の事情を斟酌するならば、貴義に生じた後記逸失利益に相当する損害のうち、被告らにおいて負担すべき責任の範囲は二割とするのが相当である。
五 損害
1 貴義の逸失利益
貴義は、本件事故がなければ高校卒業程度の学歴を得て満一八歳から六七歳に達するまで通常男子としての稼働をし得たものと認められ、原告らの主張算定にかかる逸失利益二一二二万九一一六円は相当なものとしてこれを肯認することができる。したがって、逸失利益のうち、被告らが負担すべき損害額は、右二一二二万九一一六円の二割である四二四万五八二三円(円未満切捨て)となる。
2 貴義の慰謝料
前判示の事情によれば、貴義に生じた精神的損害に対する慰謝料は一五〇万円とするのが相当である。
3 なお、被告らは、貴義が生前スポーツ安全協会傷害保険に加入していたこと、同人の本件事故死により、原告らに一二〇〇万円の保険金が支給されていること(以上の事実は当事者間に争いがない。)を理由に、被告らの賠償責任の範囲が減縮されるべきこと、仮に右主張が認められないとしても保険金受領額に相当する部分を控除することなく損害額全部につき賠償を請求することは権利の濫用であり、信義則に反する旨主張するが、《証拠省略》によれば、貴義の加入していたスポーツ安全協会傷害保険は傷害保険であること、右保険約款第二四条には「当会社が保険金を支払った場合でも、被保険者またはその相続人がその傷害について第三者に対して有する損害賠償請求権は、当会社に移転しません。」と明記されていることが認められ、また、保険金は保険料の対価としての性質を有すること及び傷害保険は損害の填補を目的とするものではないことに照らすと被告らの前記主張はいずれも採用し得ない。
六 請求原因3の(三)について判断するに、原告らが貴義の父母であること及び貴義が本件事故によって死亡したことは当事者間に争いがなく、したがって、原告らは、貴義の法定相続人として、貴義の被告らに対する損害賠償請求権を各二分の一ずつ承継したものと認められる。
七 よって、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、それぞれ二八七万二九一一円(円未満切捨て)及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五六年八月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、仮執行宣言の申立については、相当でないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木下重康 裁判官 田中豊 森邦明)